世間話の妖怪
「世間話」の妖怪 ~実体験と伝聞~
「世間話けに出てくる妖怪は現在のわれわれの持つ「妖怪談」のイメージに近いといえる。
世間話の妖怪談ては、<狐>や<狸>に化かされた話、<天狗>や<河童>に危害を加えられた、または加えられそうになつた体験、<海坊主>や<ツチノコ>といった怪奇な存在のことなどが話される。
世間話の内容は、話し手と聴き手が生きている「いま」、住んでいる「ここ」とつながった時間と場所で起きた事件として話される。
そしてしばしば身近な人が「現実の自分の体験である」として世間話を話す。
つまり世間話に出てくる妖怪の出現する場所は、話し手と聴き手がよく知っているか、行こうとおもえば行ける、あるいはかつては行くことができた場所であり、また事件の起きたとされる日時は、話し手と聴き手も経験している人生の一部であるか、そうでなくとも近しい人(例えば祖父や知り合い)の生きていた、話し手や聴き手がリアリティをかんじられる程度の「過去」である。
だから、「昔々あるところ」に語りの舞台を設定してフィクションであることを強調し、語り手と聴き手の生活との断絶を強調する昔話や、地域ではるか昔に起きた歴史上の出来事を装う伝説とはくらべものにならない現実感が、世間話にはある。
そんな世間話の実例を、東京都の大田区教育委員会が調査・編集した『大田区の文化財第22集 口承文芸』を例にしてみていこう。
「民話」は、東北地方や新潟の雪深い山村で、語り部によって囲炉裏端で語られるものというイメージをわれわれは知らず持っているが、実は東京23区のような都市化された地域においても、「民話」は語られ、話されている。『大田区の文化財第22集 口承文芸』には、147話の昔話、198話の伝説とともに、516話の世間話が収録されている。
化かされた牛乳配達
これは、おふくろが出会った話なんだね。
南六郷の二丁目あたり、小川が流れてて、お稲荷さんみたいなのが祀ってあったところなんです。
牛乳配達の箱車をひいた人が、その辺を行ったり来たり、二度も三度も戻って来る。
それで、おふくろがね、「小父さん、どうしたんですか?さっきから行ったり来たりして」って聞いたんだって。
そしたらね、この箱の中に、うまい魚がたくさんはいっているっていうふうな、狐に化かされたってふうな話のいきさつなんだね。
おふくろは、狐にばかされるということを信じてるほうなので、そんなことしてたらだめだと、よく言ってきかしたそうです。
私が小学生のころの話ですよ。(八幡塚 男 明治43年生)