雪の中の幽霊
雪中の幽霊
塩沢の近くに関山という村があり、その近くを魚野川がながれている。
流れが急なので橋がいつも流失し、仮設の橋を設けていたが、その上に雪が積もると過って川に落ち、溺死する人が多かった。
ある僧がその橋のたもとでそうした死者への供養の念仏をあげていると、川の中から青火が立ち昇り、ずぶぬれの女の幽霊が現れた。
幽霊が言うには、夫と子供に先立たれ食べてゆけなくなったので、知り合いを頼って他の村移行としてこの橋から滑り落ち、溺死したのだという。
今宵は四十九日なのに手向けてくれる人となく、この長い黒髪が障りになって成仏できないから、どうかこの髪を剃ってほしいと僧侶にさめざめと泣いて訴えるのであった。
翌日、僧は証人が必要と思い、口の堅い信用できる知人を寺に呼んで隠れてもらって待っていると、真夜中にその幽霊が現れたので、その濡れた髪を剃ってやる。
証拠の品として少しでもその毛髪を残そうとするのだが、幽霊の髪はするすると彼女の懐に入ってしまう。
最後の毛髪をかろうじて手に留ることができたのだが、幽霊は白くやせた掌を合わせて仏を拝みがら、溶けるようにその姿を消してゆくのであった。
後にそのわすかに残った毛髪を皆で供養し、溺死した橋の傍らにその髪の毛を埋めて石塔を建てたという。
その石塔は「関山の毛塚」とよばれ、今も残っていて、その幽霊の名は「お菊」といった。
『北越雪譜』鈴木牧之より